都会の中学生が8名来訪
Blue Family Project
全国の都会から中学校1~2年生が数名、田舎に1週間滞在し、様々な人と様々な体験をするプログラム。
町のブランディングを委託した会社がおそらくライフワークとして取り組んでいるもので、
今回、そのプログラムの滞在先に御嵩町が選ばれました。
そしてそのプログラムになぜか私の枠が90分確保されました^^;

イノシシ捕ったりハチミツ採ったり、納豆作ったり、DIYしたりしている議員は、
なんでこんなことをしているの?
という話を期待されて選出されたのかなと解釈し、何をやろうか考えました。
来訪された8名の中学生に、
・イノシシの罠見学
・自生している山椒の匂い
・畑トマトのつまみ食い
・ミツバチの巣箱見学
・スタジオ見学
・その他家の中探検
・猪鍋、納豆、梅干しの試食
などなど体験してもらい、その後に小一時間、
なぜこんな生活をしているのかをお話ししました。
子供と大人の間のお年頃の方々に何を伝えようか…
基本的に私が言語化していることって経営とかに関することがほとんどだから、なかなか困りました。
でも、子供扱いするのも違うし、
私の中の最近のテーマであった「サバイバル」という言葉について、お伝えしてみました。
人間のサバイバルには
「社会でのサバイバル」と「生物としてのサバイバル」の
2種類があると思っています。
社会でのサバイバルは、
家族とか学校とか仕事やコミュニティでのサバイバルで、
例えば受験、就職、出世、金、地位、名誉なと、人に勝つように、あるいは負けないように…というサバイバル。
生物としてのサバイバルは、
食べて寝て、今日生きて、明日も生きるサバイバル。
私は様々な失敗をしてきた乱高下の人生で、
社会でのサバイバルに疲れや不向き感や飽きを感じているタイミングで、御嵩にいました。
御嵩の古民家(仕事場)での、
・野菜を採って食う
・イノシシを捕まえて解体して食う
・ミツバチが来たらハチミツ採って食う
などの、一切社会と関わらないある意味原始的な取り組みが、
私に「生物として生き残る」自信を与えてくれたのです。
社会で戦うことはもちろん悪いことじゃない。
でも、社会でのサバイバルに集中してしまうと、きっと疲れちゃうこともあるだろうし、あるいは得たものを失う恐れに苛まれることもあるだろう。
社会でのサバイバルのために、文字通り「寝食を忘れる」こともきっとある。
生物としてのサバイバルなんて、食って寝て、
たまに繁殖するくらいなのに、
社会に揉まれると食うことも寝ることも後回しになってしまうんです。
人間は社会人である前に、ただの生物なのに。
だから…
中学生の君たちはきっと、これから多くの社会的サバイバルを経験していくと思います。
もしそういうことに疲れたり、飽きたり、向いてないと思ったら、生物としてのサバイバルを経験してみると、きっと何かが変わります。
その時はぜひ、また御嵩に来てください。
こんなことをお伝えしました。

浅はかな大人たちはとかく「社会で通用するために」なんて考えがちです。
そんなことはさ、生物として生きていける自信さえ持てれば、どうにでもなります。
優先順位が逆なんです。
終身雇用・右肩上がりの時代にたまたま、逆の優先順位で成り立っていただけの話だと思うわけです。
中学生たちのお役に立てたのかはわかりませんが、
私は色々得られた取り組みで、楽しかったです。

